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Vol.3 休職から復職へ〜セレンディピティ、幸運な偶然〜

  • 執筆者の写真: SORGENKIND
    SORGENKIND
  • 4月23日
  • 読了時間: 8分

著者が大学での本業に復職した2023年、日本におけるサイケデリック・ルネサンスが本格化し、主に精神医学の領域で研究が始まりました。抗うつ薬としてのサイケデリックスに再会した著者は、『ゾルゲンキンドはかく語りき』の出版の後、うつ病当事者として研究に加わるようになります。


編集後記3回目は、まさに産みの苦しみを伴った制作秘話から、短期間のうちに起きた濃密で不思議なシンクロニシティ、セレンディピティについて振り返ります。

 

構成◉染矢真帆


畳み掛けるシンクロニシティ

復活の兆しと抑うつの狭間で


蛭川:2023年4月から復職し、さらに十数年ぶりに、研究室に院生が二人も入学しました。しかも、二人とも研究テーマがサイケデリックスです。

 

同じ4月には、だいぶ前に東京からアメリカのオレゴン州に移住した、旧知のセラピストの女性であるビショップ直子さんと、たまたまネット上で再会しました。近況を聞いてビックリしたのですが、2023年から世界に先がけてオレゴン州で始まった、シロシビンのファシリテーター養成学校に入学するための願書を書いているというんです。それで喜んで指導教官のような推薦状を書きました。直子さんは一年後に、日本人としては最初のシロシビン・ファシリテーターになりました。その合法化されたシロシビンを求めてオレゴンまで飛んで行った話は、また後の連載でお話します。

 

4月19日にはLSD研究80周年を記念して「International Association for Psychedelic Research」という国際学会の設立を世界に呼びかけたり、私じしんも積極的に活動を再開していたときでした。

 



2023年と2024年の自転車の日※に著者が主催した「International Association for Psychedelic Research」の呼びかけ用に作成したPOPには自転車に乗ったゾルゲンキンドが描かれた。2023年のPOPは、まだ完成前のゾルゲンキンド。
2023年と2024年の自転車の日に著者が主催した「International Association for Psychedelic Research」の呼びかけ用に作成したPOPには自転車に乗ったゾルゲンキンドが描かれた。2023年のPOPは、まだ完成前のゾルゲンキンド。

蛭川:2023年の9月には、順天堂大学で神経精神薬理学会の大会が行われ、イギリスのインペリアル・カレッジでサイケデリックスの研究をしているデヴィッド・ナット先生の講演があるというのを聞いて飛び入りで参加して、ナット先生をつかまえて二人でずっと議論しました。欧米では「ケタミンからシロシビンへ」という抗うつ薬ルネサンスが2017年ころから進んでいたことを知りました。

 

サイケデリックスに関連する出来事、再開、復活が一気に起こったという時代に立ち合っているという興奮で軽躁状態になってしまったのか、だいぶハイテンションで書籍の執筆にも取り組んでいたのですが、暑い夏が続いた後、秋になって急に気温が低下していくのと同調するように、再び脳の電圧も低下しまったのです。そこから全く執筆もできなくなってしまいました。

 

染矢:そうでしたね。ほぼ完成しているのに、あとちょっとのところで進まない。でも、本当に先生も大変そうでしたから、まずはなんとか、また元気になってもらわなければと、焦らず、様子を見ながら、進めていきました。



著者と編集者も共倒れ!? その過程で醸成された

ゾルゲンキンドの狂気の語り、深い物語



蛭川:しかし、なかなか回復せず、主治医の先生と相談して、ダメモトで大学の仕事が休みになる年末年始に、新しいSSRI、エスシタロプラムを試したのですが、けっきょく吐き気とか、副作用が強くて、薬が効きはじめる前に服薬を断念してしまいました。

 

染矢:ちょうど、2月末から3月にかけて、なんだかわたしも先生のうつ状態に同調してしまい、体調が落ち込み、病院で色々と検査をした結果、軽度のうつ病と診断され…図らずも、著者も編集者も共倒れになってしまいましたよね(笑)

 

蛭川:私がグズグズしている間に、編集の染矢さんにも悪影響を与えてしまって、申し訳ありませんでした。締切を何回も延ばしてもらって、当初のスケジュールどおりには出版できなくなってしまい、申し訳なくて、もう申し訳なくて、責任をとって消えてしまいたいという変な妄想がふっと頭をよぎったり、今から思えばうつの症状がかなり悪化していたんだなあと振り返れます。

 

ウツに落ちてどうしようもなくなっていた年末年始に、イライラしながらドイツ精神病理学の難しい本を読み込みました。労働に対する過剰な責任感と罪悪感の悪循環が抑うつという症状を悪化させていく、そしてサイケデリックスは病的に追い詰められた精神を一発で反転させて解放するのだと、LSDの精霊ゾルゲンキンドに難しいドイツ語で語らせました(P96-99)。

 

染矢:先生はうつ状態であっても、難しい本を読めるというのが、すごいなと驚いていました。私はもう脳が疲れ切っている感じで、文字の読み書きはもちろん、映像を観たり、音楽を聴くことさえしんどい…そんな状況がしばらく続きましたから。

 

しかし、先生が病床から書き上げた原稿には、私じしんもとても励まされました。ゾルゲンキンドが、難しいドイツ語で畳み掛けてくる「人間の存在と社会の仕組み」(P96〜)は示唆に富んでいて。とくに締めの一文に、やられました。

 

――人間は聖なる肯定(ハイリゲス・ヤー・ザーゲン)によって、

生(レーベン)への愛(リーベン)、存在(ザイン)と時間(ツァイト)、

実存(イグズィスタンツ)の歓喜(アーナンダ)を取り戻すことができるんだね。

 

ここで語られる「聖なる肯定」が何かについては、PART8(P120〜)の最後でわかるのですが、確かに苦しい時というのは、何もかもを否定しているような状態だなぁ、と。ゾルゲンキンドの声に耳を傾けていると、不思議と心が落ち着いてくるようでした。

 

確か先生は、この原稿を書き終えた直後の3月に、日本で最初のケタミンクリニック「名古屋麻酔科クリニック」に行かれたのでしたね。





蛭川:そうなんです。日本にケタミンクリニックができたことは研究室の院生から聞いて知っていたのですが、うつ状態が悪化したときこそ、行って自分で体験するしかないと、重い体を引きずって必死の思いで新幹線に乗っていったものでした。

 

ケタミン体験については、次回以降の連載で詳しくお話しますが、点滴している最中は、自分が宇宙飛行士になって宇宙遊泳をしているようなビジョンを見ました。さらに興味深いことに、神秘的なビジョンの内容とは別に、点滴の後、翌日ぐらいから重くて固まっていた体がものすごく軽くなり、久しぶりに背筋が伸びたような感覚になりました。空の青さに心が弾み、清々しい気持ちになったのを覚えています。ただ、効果は3日しか続きませんでした。ケタミンを抗うつ薬として使う場合には3日おきぐらいの連続投与が必要だということは学会でナット先生から聞いていたのですが、そのとおりでした。

 

ケタミンの効果はすぐに切れてしまいましたが、3月から4月にかけては、大学も春休みですから、この期間中になんとか執筆を終わらせたいと、重たい体を引きずりながら頑張りました。

 

絵本の出版とともに、伏線回収。

うつ病当事者としてのサイケデリックス研究が本格化

 

染矢:途中、もう出版は難しいのではないかと、そんな不安に襲われながらも最後は本当によく駆け抜けたなと思います!

 

蛭川:おっしゃる通りで、よく校了できたなと感慨深い思いです。

 

校了直後の5月25日には神経精神薬理学会の大会が二年連続で東京で開催されて、私も参加したのですが、慶應大学や名城大学でケタミンやシロシビンの研究が進んでいるといったシンポジウムがあって、日本での研究が急に進んできたことに本当に驚きました。

 

それから出版月と同じ6月には、オレゴンのビショップ直子さんが養成学校のプログラムを終え、ファシリテーターとして活動を始めたというので、8月には実際にシロシビンセッションを受けるために必死の思いでオレゴンまで行きました。詳しいことはまた次回以降でお話ししますが、うつ病治療の当事者研究としては、治療の現場でケタミン、シロシビンを体験したことになります。

 

5月の薬理学会と前後して、慶應大学の内田裕之先生の研究室とのやりとりも始まりましたが、サイケデリックスが単極性のうつ病に著効だというのは、もう日本の大学病院でも確認段階に入っています。次は双極性障害のうつ状態でも大丈夫なのか、という方向に研究が進むのではないかと思います。







蛭川:前々回の編集後記(Vol.1)で、自分の病歴を長々と年表みたいにまとめてもらいましたが、振り返ると、もう大学生のころに学生診療所で精神医学の新宮一成先生に「躁うつ病かもしれませんが、躁状態になれるのは才能でもありますからね・・・」なんて意味深長なことを言われていたことも思い出しました。

 

従来の抗うつ薬は、単極性のうつ病、大うつ病の抑うつ状態には効きますが、典型的な躁うつ病である双極Ⅰ型の場合には躁転させる可能性があります。サイケデリック療法でも単極性うつ病に対しては即効性がありますが、躁転は起こりうるのか、より軽度の双極Ⅱ型ならば大丈夫なのか、といった手探りの臨床研究が始まっています。

 

うつ病だか双極症だかもよくわからなくて、中間型の双極Ⅱ型という分類なのかもしれませんが、そういう不調をこじらせてしまった自分が、今、あらためてサイケデリックスの精霊たちと再会して、そして絵本を書き、さらに精神医学の最先端の研究に当事者として関わることになったわけです。

 

森の精霊たちはひょっこり現れたり消えたりします。サイケデリックスの精霊とは二十年ぶりの再会でした。しかも抗うつ薬として、です。これもセレンディピティ、幸運な偶然というのか、不思議な巡り合わせだと思います。

 



…続く



※自転車の日:1943年4月19日、スイスの化学者アルバート・ホフマンが、自身が合成したLSDの幻覚作用を発見したことに由来。ホフマン博士が初めてLSDを服用し、強烈なサイケデリックス体験の中で、自転車で帰宅したという逸話から、この日が「自転車の日」と呼ばれるようになった。

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この記事は、違法薬物の所持・使用を推奨するものではありません。薬物の所持・使用については、当該国の法律・政令に従ってください。ただし、法律は地域と時代によって変わるもので、科学的な根拠に基づいているとは限りません。法律の制定の手続きが正当な議論を経ていないこともあります。

 
 
 

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