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Vol.2 サイケデリックスの体験者が急増!蛭川研究室ルネサンス到来

  • 執筆者の写真: SORGENKIND
    SORGENKIND
  • 3月24日
  • 読了時間: 11分

更新日:3月26日


合法LSDの流通が増加した時期に、蛭川研究室への来訪者も急増。日本におけるサイケデリックスのゴールドラッシュの始まりの時期ともいえる2022年に哲学絵本『ゾルゲンキンドはかく語りき』の制作も始まりました。


今回は絵本の核となる思想的背景が、明らかになります。

 

構成◉染矢真帆

 

定職について家庭を持つべきか
それとも出家するべきか……

染矢:前回のお話しでは、2022年度に再び療養のため休職されたとのことですが、その年は、思いがけない来訪者や出会いがあり、先生の研究が再開するきっかけの年になったそうですね。

 

蛭川:そうなんです。もう二十年も前の、自分が三十代のころに執筆した『彼岸の時間』(春秋社、2002年)を読んだという読者からの問い合わせが増えたんです。ペルーにアヤワスカを飲みに行きたいとか、出家するならタイがいいのかスリランカがいいのか…といった相談を受けるようになりました。


その背景には、合法カンナビノイドや合法LSDの流通が考えられます。摂取する人が急激に増えたんですね。

下のグラフは、蛭川研究室の院生と一緒に調査した、今年、発表されたばかりの最新研究です。



サイケデリックス使用者のうち、最初に使用したのが何年かを示したグラフ。LSD群、シロシビン群、DMT群(アヤワスカとそのアナログを含む)の三群を集計。白鳥崇(2025)「日本国内におけるサイケデリクスの使用実態とその精神的影響」(明治大学情報コミュニケーション研究科2024年度修士論文)より引用。
サイケデリックス使用者のうち、最初に使用したのが何年かを示したグラフ。LSD群、シロシビン群、DMT群(アヤワスカとそのアナログを含む)の三群を集計。白鳥崇(2025)「日本国内におけるサイケデリクスの使用実態とその精神的影響」(明治大学情報コミュニケーション研究科2024年度修士論文)より引用。

染矢:2021年からサイケデリックス体験者が急激に増えていますね。しかもLSD群の人数が圧倒的!合法LSDの流通時期とも重なります。これは、今の時代を象徴するような、とても貴重な研究データですね。

 

蛭川:初体験をした人の人数が急増しているわけですから、体験者全体の数は激増しています。自分が学生だったころは、1990年代にゆるやかなピークがあったシロシビン・マッシュルームの流行の時代でした。それでメキシコの先住民のところまでシロシビンの調査に行ったわけです。


しかし今、注目すべきは、昔からのユーザーが復活したのではなく、2021年以降に、初めてサイケデリックスを体験した人が多くて、平均すると三十代の男性が多い、うつ病の自己治療のために使って成功している人が多いという。世代が断絶した形でサイケデリック・ルネサンスが起こっています。

 

そんな、初めてサイケデリック体験をした三十代ぐらいの男女が、学外から研究室に集まってくるようになったのですが、しかし、多くはうつ症状の自己治療ではなく、瞑想やシャーマニズムの探求に関心がある人たちで、『彼岸の時間』を執筆した当時の私の年齢やライフステージと重なるような人たちでした。

 

高学歴ではありますが、大きな組織に属していない、未婚で比較的自由に生きている、という偏りがありましたね。

 

年齢的に今後、定職に就いて家庭を持つべきか、定職に就けないなら出家しようかとか、かつての私が抱えていた葛藤に共鳴するような人が、『彼岸の時間』を執筆していたときの私に会いにきたのではないか、と。

 

染矢:定職に就いて家庭を持つべきか、それとも出家か、というのは極端な選択ですよね。普通に生きていると、あまり出家という選択肢は出てこないと思うのですが、やはりサイケデリック体験をしたからこそ、違う生き方を模索し始め、社会の枠組みに違和感を持つようになった、というのが大きいでしょうか。


世代的に、いい大学を出て、いい会社に就職して、いい家庭を築いて…という古い幸福観を、はなから信じていない人が多いというか。価値観の多様化もその背景にありそうですね。

 

蛭川:そうでしょうね。彼らが生きる時代背景、そしてサイケデリックスによる体験が大きいと思います。

 

私自身は若いころにアマゾンのシャーマンのところへ行ってアヤワスカを飲んだり、その体験の意味を知りたくてタイでちょっとだけ出家をしたりもしました。三十代のころは私も悩みました。サイケデリックスや瞑想の世界、内面世界を探求していくあまりに、徐々に普通の人間社会から遊離していってしまいましたから…。

 

とはいえ自分も高学歴でしたし、葛藤の中で考えながら、三十代のころには結婚して、東京で大学教授という職に就いたわけです。

 

しかし、それから二十年、サイケデリック世界の探究を止めてからののほうが、うつは慢性化し、離婚したり、大学での仕事も「気分障害」の療養という理由で休職、さらには精神科病院に入院したり、それをきっかけに精神医学の当事者研究を始めたり、でしたから。



サイケデリックスに副作用があるとすれば
孤高の暮らしがしたくなること…


蛭川:サイケデリックスには、依存性があるとか精神病を引き起こすということではなくて、世俗を離れた心の平安をもたらす反面、近代社会から遊離しがちになるという意味での副作用があるとはいえます。


神秘体験を探求していくと、世俗を離れて、山の中で孤高の暮らしをしたくなるような気持ちになりがちです。世俗化された資本主義社会が超越的な経験を抑圧することで成り立っている(絵本P20-21参照)、つまりは近代社会全体がうつ病になっているともいえます。社会的に不適応だからうつ病になるのではなく、社会に適応しすぎて、うつ病になってしまうというシステムなんですね。

 

絵本の中でもサイケの精霊たちが住んでいる森はふつうの人間が入りこむと迷ってしまう場所で、DMTの精霊アヤールを追いかけて行って、森の中に迷い込んでしまった先生が倒れているところを発見されるという展開になっています(絵本P75参照)。

 

でも、それなりに社会人としての生活を続けて、うつを悪化させてしまったからこそサイケデリックスの新しい、抗うつ薬としての側面を再認識できたともいえます。





染矢:うつ病というのは本当に辛いかと思いますが、お話を伺い、社会のなかでの不調を経て、まさに今、ご自身の研究の伏線回収をしている真っ只中という感じがしました。

 

私自身がサイケデリックスのことを知ったのは、2022年に青井硝子さんの書籍『あるがままに酔う』(ビオ・マガジン)の編集を担当したことがきっかけです。それで、興味を持ち、サイケデリックスをテーマにした本を作りたい、と蛭川先生の研究室に伺いました。

 

蛭川:2022年は、日本における、サイケデリックスのゴールドラッシュの始まりだったのかもしれません。当時、私自身はうつ病で休職していて、自宅に引きこもり状態で、ベッドから起き上がるのも大変で、一日中、布団の中でスマホを使っているだけ、といった日も少なくありませんでした。療養に専念するためですから、一年間、大学には出勤しないのが原則でした。

 

教授がうつ病で研究室も閉店しているのに、蛭川研究室が日本のサイケデリックス研究の最先端だという情報が広がったようで、一週間に一人ぐらいの割合で、合計で三十人ほどの人たちが訪れてきました。若いころの私が世界中を飛び回って研究をしていたことが、二十年ぐらい遅れて伝わったことが大きかったようです。その時間差に、どう対応していいのやら悩んだのですが、大学での研究室とは別に、知人宅の一室を提供してもらって、私塾のような集まりを開いたこともありました。染矢さんもそのうちの一人でした。

 

染矢:DMTea裁判が始まった2020年にマイケル・ポーランの『幻覚剤は役に立つのか』(亜紀書房)が日本でも出版され、2022年にはそのドキュメンタリー番組『心と意識と:幻覚剤は役に立つのか』がネットフリックスでも配信されるようになりました。


2020年以降は、外資系のビジネス誌やサイエンスマガジンなどでも、「サイケデリックス」の記事を目にする機会が増え、サイケデリックス=危険ドラッグというイメージから、抗うつ薬や向知性薬、さらにターミナルケアに役立つ薬という印象に変わり、興味を持つ層が増えたのではないかとも思います。

 

インド哲学をベースに
テトラくんの物語が誕生した

 

染矢:私自身は、そもそもサイケデリックスに対する偏見を抱きようもないほど、まったく知識がなかったのですが…。だから、かえって新鮮といいますか、こんな世界があったのか!と、無邪気に魅了されていきました。もしかしたら、私のような人も多いのではないかと思います。

 

そして、先生に取材をするうちに、サイケデリックスによって体験するのは、インド哲学的な世界に近いとういうことがわかり、また大麻草とインドの関係(絵本P67参照)について知れたことで、さらに興味がそそられました。大学時代、インド哲学を専攻していたので、その頃の記憶も蘇ってきて。数十年ぶりに『バガヴァッドギーター』を本棚から引っ張り出してきて読みかえすうちに、絵本に登場するTHC、テトラヒドロカンナビノールの精霊、テトラくん構想がものすごく膨らんでいきました。

 

テトラくんを、『バガヴァッドギーター』に登場するクリシュナ神に見立てて体を青くしたり、クリシュナ神のアトリビュートとして描かれる横笛をテトラくんにも持たせてみたり。クリシュナ神はバクティ運動で人々を陶酔させる神様でもあるので、そこもTHCの陶酔作用と重なり、それでテトラくんを人気アイドルにして、奏でる笛の音に陶酔作用があるという設定にしたのでした(笑)。



インドで最も人気のヒンドゥー教の神様「クリシュナ」。バーンスリー(横笛)の名手でその音色と美貌で女性を陶酔させる、まさに国民的アイドル。クリシュナへの帰依、信愛(バクティ)によって、誰もが救われるとした宗教運動の一つが「バクティ運動」。




蛭川:私もインドやネパールで調査をしましたが、大麻というのはアサのことですね。昔から、インドから日本にかけて自生している植物で、その精神作用はサイケデリックスと似ていて、ヨーガやインド哲学の世界と関係が深いんですよね。

 

絵本のなかでは、カンナビノイドの主役テトラくんと、サイケデリックスの主役ゾルゲンキンドの関係を、インド哲学と西洋哲学の対話として描きました(絵本P58-59参照)。


P55にサンスクリット語のデーヴァナーガリー文字で呪文のようなものが書かれているのですが、これは、インドに伝わる奥義書『ウパニシャッド』文献群のひとつ『ブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッド』に記されたソーマ(サイケデリックスを有効成分とする薬草)に捧げられる讃歌です。ゆるい絵本のようですが、じつは西洋哲学に加えて、さらにインド哲学の世界観もしっかり描き込んでいます。



asato mā sadgamaya, tamaso mā jyotirgamaya, mṛtyormāmṛtam gamaya.(我を仮構から現実へと導け。我を闇から光へと導け。我を死から不死へと導け。) ※日本語は、著者による超訳


ソーマに捧げられる讃歌



出展:YouTube(Reema Teena)



蛭川:2023年ごろは合法カンナビノイド、合法LSDで健康被害が起こったと報道されて、そして規制されてはまたちょっと構造の違う物質が合法的に流通して…といういたちごっこが問題にもなっていた時期でしたし、DMTea裁判と並行して大藪大麻裁判の弁護活動もしていたので、大麻草と合法カンナビノイドの物語にも相当なページ数を割きました


THCの精霊テトラくんが、違法と決めつけられて逮捕されたり。薬物に翻弄される人間の物語ではなく、人間に翻弄される薬物の物語を描きたかったんです(絵本P54-62参照)。アルコールに依存して堕落する人間の姿ではなく、人間に依存して堕落するアルコールの姿も描きました(絵本P42-49、114ー118参照)。

 

染矢:ちょうどその頃、蛭川先生は合法LSDアナログの製造元とコンタクトを取られていましたよね。

 

蛭川:製品の成分証明書から辿って、オランダから輸入されていることがわかりました。製造元とコンタクトをとってみたところ、あんがい簡単に連絡がとれて、じっさいに分子を設計しているラボの人たちと英語でオンライン通話ができました。いかにも頭の切れる研究者といった雰囲気の男性たちで、違法薬物の売人という雰囲気はぜんぜんなかったですね。むしろ合法な物質を開発しているのに不法な捜査を受けたことがあると訴えていました。

 

構造が少しずつ違う分子を作ることで、薬理作用が微妙に異なる物質を作れるのが非常に興味深い、お金儲けにはならないけれど、好奇心半分、使命感半分でやっているという感じでした。いくら合法で、成分を証明したとしても、使う人の安全性は保障できないのですけどね。彼らは日本での法律についてもよく知りません。作るのも使うのも個人の自由、自己責任でどうぞ、というのは、いかにもオランダ的な考えかただなあとも思いました。

 

かりに合法的に流通しているとしても、紙や錠剤には本当はどんな成分が含まれているのかは、使う人にはわかりません。成分がよくわからないものを試したり、セッティングの知識なしに摂取したりする人が増えているようですが、これは非常に危ういですね。規制する法律も、手続きを省略してどんどん変えられています。1960年代の再来といった状況ですが、背景にあるのがカウンター・カルチャーではなく、今は、うつ病の当事者という使用者層が主役という違いがあります。



…続く



 


※この記事は、違法薬物の所持・使用を推奨するものではありません。薬物の所持・使用については、当該国の法律・政令に従ってください。ただし、法律は地域と時代によって変わるもので、科学的な根拠に基づいているとは限りません。法律の制定の手続きが正当な議論を経ていないこともあります。


※大藪大麻裁判(P.64):陶芸家の大藪龍二郎さんが大麻取締法違反(所持)の罪に問われた裁判。情状酌量と減刑を乞うのではなく、法律自体の違憲性、大麻の有害性、捜査の違法性などを争点とし、真っ向から検察側、そして国と戦う姿勢を貫く。2024年の大麻取締法改正を跨いでの裁判ということもあり、社会的にも大きな注目を集める。一方の検察側は、過去の大麻裁判同様、弁護側のすべての証拠や証人を却下。2021年8月8日の逮捕から、前橋地裁と東京高裁での約3年半の公判を経て、いよいよ舞台は最高裁へ。検察側は、このまま逃げ切れるのか…。

 
 
 

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